先日【万博】が開幕し、テレビでも様々なニュースが報道されてますね… 田中マネの食堂のお客様の中にも、既に行かれたお客様が何人かいらっしゃいますし…今度の週末に行かれる方々もいらっしゃいます… 行けば行ったで、それは楽しいんでしょうね… でも【ああいった大混雑や人混みや待ち時間】が大嫌いな僕や、ウチ(順化体協)のヘッドは口を揃えて「ちっとも行きたいとは思わん」と… そもそも僕なんざ【歩かなきゃならない万博】は無理…
おっとぉ… この流れは一昨日と昨日の【暗めのblog】に向かいそうなんで、あかんあかん… 切り替えます…
僕にとっての万博と言えば1970年、三波春夫の【こんにちわぁ♪こんにちわぁ♪】の大阪万博…当時の僕は10歳で小学4年生… ウチの家族と、親父の親友2家族と一緒に3台の車で行きました… あの頃は北陸自動車道もなかった頃ですから、道中どうやって行ったかの記憶なんて全くありません… ただ出掛けに、運転する親父と親友おふたりが【今から行くぞ!】と景気づけに【ウイスキー】で乾杯して乗車…これは鮮明に覚えてる… 思い返せば恐ろしい話…今から55年前は、それを何とも思わなかった時代なんでしょうね…
あとの記憶で覚えてるのが、泊まったところの大阪の水がメチャメチャ不味かったことですね… それと、万博会場での長蛇の列で…長い待ち時間に、おふくろが作ったオニギリを食べてたのを外人にジロジロ見られたこと… あの頃はコンビニなんてものはない時代…食べ物も飲み物も全て自前… でもね、なんでか【パビリオン】の記憶が…ほとんどない…
そんな朧気な記憶の中で鮮明に覚えてる記憶…というか当時10歳の無垢な笠原少年が受けた、衝撃的な記憶があります…
オシッコしたくなり、ひとりで会場内の(当時はそれなりの)大型の公衆トイレに入り、居並ぶ小用トイレの前に立って用を足しながら…ふと、右側の【おん様】を見やった時に… 僕の目に飛び込んで来たのは…見たこともない【おん様のビッグ・マグナム】 笠原少年「…………」大袈裟ではなく、余りにも驚いて息が止まった気がしました… 当時は30cmはあったように見えました…ま、冷静に思い返せば、今となっては10数cmなんでしょうね… なにしろ他人様の【天を衝くかのようなビッグ・マグナム】と、それを恍惚の表情で擦りながら「うふぅ」と息を漏らす【おん様】を見た無垢な少学4年生は【天地がひっくり返る】くらいの恐怖感で、親父たちのいるスペースまで逃げ帰りました… その恐怖の現場を報告しなきゃと…
僕は「い、い、今、隣にいたおんちゃんのお◯ん◯ん、こーんなに大きかったー!こわかったー!」と… すると親父や親父の親友さんたち、特段に驚きもせず「ふふっ、こーんなんやって」「ほっほー、こんなんかー」「ふっふっふ」程度で話は終わり… 僕は【特ダネを入手したのに相手にされなかった記者さん】のような肩透かし喰らった記憶だけあります…
インターネットもSNSもなかった時代、無垢な小学4年生が見た【おん様のビッグ・マグナム】だけは…しばらくトラウマでしたね… 55年を経た今の僕は…天を衝くなんて【夢のまた夢】なんですけどね… しかし、なんで公衆トイレで…おん様のビッグ・マグナムが天を衝く勢いだったのかは、55年の月日を経た今でもミステリーです… 万博の一番の記憶が、見ず知らずのおん様のビッグ・マグナムなんて…寂し過ぎます…
さて昨夜の田中マネの食堂は…いの一番(なんと午後5時)御来店のBIG3次席… 続いて御来店は某新聞社の社長秘書さんと若手エース記者さん、続いて御予約で御来店のミスドのエリア責任者さん…最後は国土交通省の東大クンと市役所のお連れ様おふたり… 7名様にお越し頂けた賑やかな夜でした…
本日は…午後6時半より、富山からお越しの常連さん◯んちゃんの御予約… 午後7時よりマネの三男坊とお連れ様の3名様の御予約を承っております… 他に、午後6時より一昨日お越しくださった医療系の先生から御予約を頂いてるんですが…おひとりなのか2名様なのか3名様なのか不明で、ちょっと困ってます…